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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2090号 判決

原告

東洋紡績株式会社

右代表者代表取締役

柴田稔

右訴訟代理人弁護士

内田修

内田敏彦

被告

株式会社精工

右代表者代表取締役

林信男

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

右訴訟復代理人弁護士

吉利靖雄

主文

一  被告は、別紙イ号ないしニ号物件目録各(三)記載の物件を製造、販売してはならない。

二  被告は、その所有に係る前項記載の物件を廃棄せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙イ号ないニ号物件目録各(一)記載の物件を製造、販売してはならない。

二  被告は、その所有に係る前項記載の物件及びその半製品を廃棄せよ。

三  仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、後記青果物の包装体に係る特許権を有する原告が、被告の製造、販売している検甲第一号証(総厚さ二五μm)の複合フィルム製袋「鮮度保持パック」(以下「イ号物件」という)、検甲第一号証と同様の複合フィルム製袋であって総厚さが二〇μmのもの(以下「ロ号物件」という)、検甲第二号証(総厚さ二五μm)の複合フィルム製袋「OPP両面防曇性フィルム(FOB)」(以下「ハ号物件」という)及び検甲第二号証と同様の複合フィルム製袋であって総厚さが二〇μmのもの(以下「ニ号物件」という)は、右特許権の技術的範囲に属する青果物の包装体の生産にのみ使用する物であるから、被告がイ号物件ないしニ号物件(以下「被告物件」と総称する)を製造、販売する行為は右特許権のいわゆる間接侵害を構成すると主張して、特許法一〇一条一号、一〇〇条に基づき被告物件の製造、販売の差止め並びに被告物件及び半製品の廃棄を求めた事案である。

一  原告の特許権(争いがない)

原告は、次の特許権を有している(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という)。

1  特許番号  第一七六二一二二号

2  発明の名称 青果物の包装体

3  出願日   昭和五五年一〇月三日(特願昭五五―一三九〇九六号)

4  出願公告日 平成三年三月二八日(特公平三―二三三三二号)

5  登録日   平成五年五月二八日

6  特許請求の範囲(末尾添付の特許公報〔以下「公報」という〕及び特許法六四条の規定による補正の掲載〔以下「訂正公報」という〕参照)

「青果物の単体あるい集合体が、各々の層がポリオレフィン系樹脂を主体とする二層以上の多層複合層からなる複合フィルム製袋で包装され、上記複合フィルムは防曇剤が存在し防曇性およびヒートシール性を有するポリオレフィン系樹脂を主体とするフィルムからなる最内層と、防曇剤が存在し上記最内層の主体となっているポリオレフィン系樹脂より高融点であるポリプロピレン系樹脂を主体とする二軸延伸フィルムからなる基層とを有する二層以上の多層複合層からなると共に、該複合フィルムの総厚さが一五〜六〇μm、最内層の厚みが上記総厚さの0.3〜30%であり、且つ該複合フィルムには総開孔面積が全表面積に対して0.05〜2%となる様な小孔が形成されていることを特徴とする青果物の包装体。」

二  本件特許発明の構成要件及び効果

1  構成要件

本件特許発明の願書に添付した明細書及び出願人(原告)が特許法六四条に基づき出願公告決定後に提出した手続補正書(以下合わせて「本件明細書」という)の記載を参酌すれば、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は、次のとおり分説するのが相当である。

A 青果物の単体あるいは集合体が、各々の層がポリオレフィン系樹脂を主体とする二層以上の多層複合層からなる複合フィルム製袋で包装され、

B 上記複合フィルムは、

① 防曇剤が存在し防曇性及びヒートシール性を有するポリオレフィン系樹脂を主体とするフィルムからなる最内層と、

② 防曇剤が存在し上記最内層の主体となっているポリオレフィン系樹脂より高融点であるポリプロピレン系樹脂を主体とする二軸延伸フィルムからなる基層

とを有する二層以上の多層複合層からなるとともに、

C 該複合フィルムの総厚さが一五〜六〇μm、最内層の厚みが上記総厚さの0.3〜30%であり、

D かつ、該複合フィルムには総開孔面積が全表面積に対して0.05〜2%となるような小孔が形成されていること

E を特徴とする青果物の包装体。

2  効果

本件特許発明の効果は、本件明細書によれば、包装用袋として最内層及び基層の構成樹脂中に防曇剤が存在するとともにヒートシール性を示す最内層を有し、かつ小孔を所定の開孔面積率となるように設けた複合延伸フィルムを用いて青果物を包装することにより、青果物の生理作用、すなわち水分の蒸散作用、呼吸作用による酵素の消費と炭酸ガスの発生及びそれに伴う昇温等によって生ずる包装物内面の曇り現象を長期保存期間にわたって効果的に防止することができ、青果物包装体の外観的商品イメージの低下を防止するとともに、青果物の鮮度低下を可及的に防止しうる(訂正公報68頁28〜33行)という点にあり、このうち特に青果物の鮮度低下防止効果は、結露水が凝集しないのでズルケ現象も発生し難く鮮度保持性も向上する(同頁26行)というものであることが認められる。

三  被告物件の特定

原告が差止めの対象としている被告物件、すなわちイ号物件ないしニ号物件が順に検甲第一号証、検甲第一号証において総厚さを二〇μmとしたもの、検甲第二号証、検甲第二号証において総厚さを二〇μmとしたものであることは当事者間に争いがないが、その特定の仕方について、原告は、別紙イ号ないしニ号物件目録各(一)記載のとおり特定すべきであると主張し、被告は、別紙イ号ないしニ号物件目録各(二)記載のとおり特定すべきであると主張する(被告は、複合フィルムの総厚さのみによって各物件を区別し、原告のように名称及び印刷によって区別していないので、イ号物件目録(二)とハ号物件目録(二)、ロ号物件目録(二)とニ号物件目録(二)は、それぞれ同内容である。)

弁論の全趣旨によれば、被告物件は、その製造過程において最内層及び最外層にあらかじめ防曇剤を添加していないものと認められるところ、原告と被告の各主張の主要な相違点は、製造過程においてこのように最内層及び最外層にあらかじめ防曇剤を添加していないことを記載すべきか否かの点にある。本件特許発明は「青果物の包装体」という物の発明であり、本件明細書記載の特許請求の範囲にも被告物件に対応する複合フィルム製袋の製造方法に関する記載はないから、被告物件が本件特許発明の技術的範囲に属する青果物の包装体の生産にのみ使用する物に当たるか否かを判断するについてその製造方法を考慮する必要は原則としてないと考えられる。しかし、後記第三の二(被告の主張)のとおり、被告は、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し…からなる最内層と、防曇剤が存在し…からなる基層」とは、いわゆる包袋禁反言の法理に従って、「あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる最内層と、あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる基層」と解すべきであるとして、製造段階から最内層と基層の両層にあらかじめ防曇剤を添加しておくことが本件特許発明の必須構成要件であると解すべきであるとした上、被告物件は最内層及び最外層にあらかじめ防曇剤を添加していないから、被告物件によって包装された青果物の包装体は本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張し、この点が本件の主たる争点の一つとなっているから、被告物件の特定に当たっては、製造段階で最内層及び最外層にあらかじめ防曇剤を添加していないとの点に限って記載するのが相当である。

したがって、被告物件は、別紙イ号ないしニ号物件目録各(三)記載のとおり特定するのが相当である。

なお、検甲第一号証、第三号証の1ないし3、検乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、イ号物件及びロ号物件の最外層の表面には「キュウリ」「KIWI」等の具体的な青果物の名称若しくは絵又は「新鮮野菜」を意味する語句若しくは絵が印刷されていること、検甲第四号証の1ないし5及び弁論の全趣旨によれば、ハ号物件及びニ号物件は、「くっきり」「新鮮」の語句及び「○優れた鮮度保存性 防曇効果が優れている為、中の水分が水滴にならず薄い水膜になり内容物を水滴から守り腐敗が少なく商品鮮度の保存性が良くなります。」との文章が表面に印刷された一〇〇枚収納用の袋に納められていることが認められるところ、この点は本件特許発明の構成要件との対比上重要であるから、被告物件の特定に当たって摘示するのが相当である。また、最内層の厚さが総厚さに占める割合(原告の主張0.3〜30%、被告の主張八%又は一〇%)については、被告主張の割合は原告主張の割合の範囲内にあり、かつ、弁論の全趣旨によれば被告が原告主張の割合の範囲全体にわたって実施するおそれがあると認められ、小孔の総開孔面積が全表面積に対して占める割合(原告の主張0.05〜2%、被告の主張〇〜二%)については、小孔が一つも存しないものは原告は対象物件としていないことが明らかであるから、いずれも原告主張のように特定するのが相当である。

四  争点

1  本件特許発明の特許には、明白な無効事由があるか。

2  本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」の意義。

3  被告物件は、本件特許発明に係る青果物の包装体の生産にのみ使用するものか。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(本件特許発明の特許には、明白な無効事由があるか)について〈省略〉

二  争点2(本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」の意義)について

(原告の主張)

本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは、青果物包装状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が含有されていることを意味するものであって、被告主張のようにあらかじめ複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤を練り込んで混合することを意味するものではない。被告物件は、青果物包装状態において複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が含有されているから、構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」を充足することが明らかである。

1 本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」を右のとおり解すべきことは、本件明細書の記載から明らかである。

(一) 本件特許発明は、その特許請求の範囲の記載自体から明らかなように、単なる複合フィルムでも複合フィルム製袋でもなく、内部に青果物を収容した状態における複合フィルム製袋と内容物たる青果物との組合せからなる袋入り野菜すなわち「青果物の包装体」(「包装袋」ではない)に関する発明である。このように、本件特許発明は内容物とその収容袋とを合したものを一個の包装体として把握してなされた物の発明であるから、その構成を問題にする場合も、内容物を包装した状態における包装体としての構成を論ずるべきであり、包装体となる以前の複合フィルムの製造技術や中身が空の状態における複合フィルム製袋の構成を論ずることは本件特許発明の構成とは異なる技術を問題とすることになる。

したがって、特許請求の範囲の記載において、「防曇剤」が存在している最内層と、同じく「防曇剤」が存在している基層とを有する二層以上の多層複合層からなると記載されている「上記複合フィルム」(構成要件B)というのも、この語句の直前に記載されている「(内部に青果物を収容している)複合フィルム製袋」(構成要件A)を構成している複合フィルム、すなわち青果物包装状態における複合フィルムを指すと解するのが、最も合理的で文理にも忠実な解釈である。

「防曇剤が存在」しているとは、右のような青果物包装状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が存在する、すなわち「含有」されていることを意味するものであることは、特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解できるところである。

(二) 次に、本件明細書の発明の詳細な説明の記載においても、いずれも本件特許発明に係る青果物の包装体そのものの内容を直接明らかにするための記載である「問題点を解決する為の手段」、「作用及び実施例」及び「発明の効果」の項において、最内層及び基層中の防曇剤につき言及している箇所ではすべて、「存在する」という動詞をその本来の「有る」という意味で使用しているか、又はこれとほぼ同義の「含有する」という動詞のみを用いているのであって、決して「あらかじめ各々の層に防曇剤を添加混合する」というような複合フィルムの製造法との関連性に言及している記載はどこにも見当たらないのであるから、特許請求の範囲記載の「防曇剤が存在し」なる文言も、その本来の意味、すなわち、青果物の包装状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が「有る」という意味で用いられていることが明らかである。

(三) また、本件特許発明の効果(前記第二の二2)を奏するためには、青果物を包装するときにおける複合延伸フィルムの最内層及び基層の構成樹脂中に防曇剤が存在することが必要であり、かつこれをもって足りるのであって、青果物の包装に先立つ複合延伸フィルムの製造段階において、将来包装用袋として製袋された場合に最内層及び基層となるべき構成樹脂の中にあらかじめ防曇剤を配合しておくことは何ら必要ではない。

(四) もっとも、本件明細書の実施例の項においては、素材フィルムの製造時にフィルムの最内層及び基層に対しあらかじめ「防曇剤の配合」という操作を行うことが記載されているが、これは、青果物包装状態における複合フィルムの最内層及び基層中に防曇剤が存在している(含有されている)ことという本件特許発明の必須構成要件を実現するために「保存テスト」の便宜上採用された一手段にすぎず(後記の説明から明らかなように、複合フィルムの製造当初においては防曇剤が基層に十分量練り込まれておりさえすれば、当然にブリードアウトの駆動力が生じ、通常二四時間以内に防曇剤は最内層へ高濃度にブリードアウトするから、現実の複合フィルム製造工程においては防曇剤をあらかじめ両層に練り込んでおかねばならないということはないが、基層のみに練り込んだ場合には、本件特許発明の効果を確認するために行う「保存テスト」の説明をする際に、最内層にも防曇剤が存在していることを明確にする必要があり、その分析に余分な作業を要することになる)、これ以外の手段によって青果物包装状態における複合フィルムの最内層に防曇剤を存在させることを排除するような意味はない。

のみならず、本件特許発明の出願人(原告)は、基層の内部に存在する防曇剤が基層と最内層との境界部を通して最内層へ向けて拡散的に移動し、最内層中に存在するに至るという現象を明確に認識していた。すなわち、本件明細書中の「最内層(植物性生鮮品によって接する側)中の防曇剤は蒸散水によって洗い流されても、基層中の防曇剤を次々に補給して最内層中の防曇剤を常に必要十分量確保せしめる様に構成しておけば、防曇剤の作用効果を長期間に亘って発揮させることが可能である。」(訂正公報67頁下から2行〜68頁1行)との記載、及び本件特許発明の出願公告に対する特許異議の申立てに対する特許異議答弁書(乙一、二)中の「最内層と基層の境界部は互いに十分な親和性を示して高度な一体性を見せている。従って配向結晶化が進んでいる基層の内部から、該基層と最内層の境界部に移行してきた防曇剤は、一体化されている境界部を通してヒートシール層である最内層側へ向けて拡散的に移動し、最内層中の防曇剤濃度が高められ、引続いて防曇効果が発揮される。」(各22頁1行〜8行)との記載は、出願人(原告)自身が複合フィルムの基層から最内層へ向かう防曇剤の拡散的移動を認識していたことに基づくから、あらかじめ最内層に防曇剤を配合するという複合フィルム製造段階での操作以外の手段によって青果物包装状態における複合フィルムの最内層に防曇剤を存在させる手段として、少なくとも、右に述べた複合フィルムの基層から最内層へ向かう防曇剤の拡散的移動を利用することももちろん採用可能である。したがって、この手段を採用して複合フィルムの最内層に防曇剤を存在させた青果物包装体は、出願人(原告)がこれを明確に排除する意思を表明している等の特段の事情のない限り、最内層に「防曇剤が存在し」という要件を充足することはいうまでもない。

(五) 以上のことを、原告が特許異議答弁書(乙一、二)の添付書類として提出した本判決末尾添付の参考第1図ないし第4図(乙五)中の参考第2図(単層フィルム)、参考第4図(複合フィルム)に基づいて、より詳細に説明すると、以下のとおりである。

(1) 参考第2図の単層フィルムに練り込み配合されている防曇剤は、該単層フィルムがその製造段階において延伸、配向、結晶化する際、単層フィルムの表面部へ絞り出されるようにして移行が促進されているから、これを製袋して得られる袋の表面部には比較的高濃度の防曇剤が当初存在し、表面部を除く内部には表面部へ移行しなかった残余の防曇剤が均一に分散している(単層フィルムは、ほぼ均質な単層構造であるため、防曇剤の溶解性及び易動性はどの部分においてもほぼ同じである)。

このような単層フィルムで青果物を包装した直後においては、製袋当所からフィルム表面部に高濃度に存在する防曇剤により防曇効果が認められる。しかし、右のような防曇剤は、青果物から蒸発した水分がフィルム表面部で凝縮して水膜となって流れ落ちるときに、この水膜に溶けた状態で大部分が洗い流されてしまう結果、フィルム表面部の防曇剤濃度がフィルム内部の防曇剤濃度よりも低くなり緩やかな濃度勾配が形成されるので、フィルム内部の防曇剤がこの緩やかな濃度勾配に応じた量だけフィルム表面部に移行するが、この移行によってフィルム表面部に存在することになる防曇剤の濃度は、いうまでもなく当初のフィルム内部における防曇剤濃度を超えることはないから、これにより回復される防曇効果は、青果物包装直後の防曇効果に比して大幅に低下したものにならざるをえない。したがって、防曇剤移行の主たる駆動力が濃度勾配だけである単層フィルム製の青果物包装体では、青果物包装後のかなり早い時期に防曇効果が実質上なくなってしまうという現象が認められ、青果物包装体として商品が流通する全期間にわたり、長時間の防曇性を維持することは到底期待できない(訂正公報66頁〜67頁第12表における比較例フィルムG及びGaの保存テストの結果)。

(2) これに対し、参考第4図の複合フィルムは、積層練り込み法により製造された最内層(ヒートシール層)HSにも基層BSにも防曇剤が存在する複合フィルムである。

複合フィルム製造直後においては、フィルム製造時に最内層中に練り込まれた防曇剤は、最内層中に分散するため、その表面部(複合フィルムの内面)にも最内層中の防曇剤濃度に応じた量が存在し、一方、フィルム製造時に基層中に練り込まれた防曇剤は、基層が二軸延伸により配向、結晶化する際、その表面部(基層と最内装との境界部。三層複合フィルムの場合は更に基層と最外層との境界部)へ絞り出されるようにして移行が促進されている。

ところで、最内層は、基層より融点の低いヒートシール層であるため、配向性及び結晶化の程度がともに基層より低いから、防曇剤の溶解性及び易動性が基層に比して相当高い。それ故、最内層の防曇剤濃度が最内層の溶解性により決まる飽和濃度より低い状態にあるときは、右のように基層の表面部に移行してきている基層内の防曇剤が境界部を越えて最内層へ移行する現象を生じ、最内層の防曇剤濃度は、時間の経過とともに上昇して、複合フィルムの製造後遅くとも数日中に飽和濃度に近い濃度になる(防曇剤の平衡状態)。なお、複合フィルムの製造後右平衡状態に達するまでの時間は、環境温度及び環境湿度に依存し、製造時の最内層における防曇剤の有無、濃度にはほとんど影響されない。なぜなら、最内層の防曇剤濃度が極端に低い(零又は略零)場合は、基層表面部との濃度勾配がより急峻になり、最内層は元来防曇剤の溶解性及び易動性が基層より大きいため、濃度勾配が大きければ大きいほど最内層への移行速度が大になるからである。

このような複合フィルムで製袋した収納袋は、最終需要者が入手した時点で既にその素材である複合フィルムの製造時から数日以上経過しているから、最内層の防曇剤濃度は飽和濃度に近い濃度になっているため、青果物を包装した直後においては、その表面部(袋の内面)に高濃度に存在する防曇剤により防曇効果が発揮される。この最内層表面部に包装当初から存在する防曇剤は、青果物から蒸発した水分がフィルム表面部で凝縮して水膜となって流れ落ちるときに大部分が洗い流されてしまい、相当低い(零に近い)濃度にまで激減するが、最内層の表面部より内側の防曇剤濃度は、当初から最内層中に分散している防曇剤の外、前記のように基層から最内層へ移行した防曇剤も加わって飽和濃度に近い高濃度であるから、最内層内部と最内層表面部との間には単層フィルムの場合とは異なり急峻な濃度勾配が形成されるとともに、最内層中の防曇剤の易動性も高い。そのため、最内層内部に存在する防曇剤は、速やかに最内層表面部へこの急峻な濃度勾配に応じて相当多量に移行するので、防曇効果は青果物包装直後と略同等まで回復する。次いで、更にこの防曇剤も洗い流され、再び最内層表面部の防曇剤濃度が零に近くなると、右と同様のことが生じる。

要するに、参考第4図に示す構造の延伸複合フィルムの場合、基層中からその表面部(最内層との境界部)へ移行してきた防曇剤が、配向結晶化の少ない最内層によって少しずつ引き出されるようにして最内層に移行し、次いで最内層内部から最内層表面部(青果物包装体の内面側)へ十分の防曇剤が供給されるという画期的な移行システムが形成される結果、長時間にわたる安定した防曇効果を示すことになるのである。

前記参考第2図の単層フィルムの場合と比較すると、最内層すなわち低融点のヒートシール層の有無というフィルム構造上の本質的差異があるため、フィルムの表面側(最内層)を構成する部分の方がフィルムの深部側(基層)に比して溶解性及び易動性が共に高いことに基づき防曇剤移行の駆動力が作用するか否かの点に相違があり、その結果、防曇効果にも顕著な差異が生じるのである。

(3) 他方、被告物件はいずれも、最内層が基層の二軸延伸ポリプロピレンより低融点のプロピレン系共重合体であり、かつ最内層のみならず、基層中にも十分な量の防曇剤が存在する複合フィルムを用いてなるものである。原告がイ号物件及びハ号物件の最内層及び基層中に防曇剤がどれくらい存在するかを定量的に分析した結果(甲七)によれば、イ号物件では最内層に0.89重量%、基層に0.63重量%存在し、ハ号物件では最内層に0.76重量%、基層に0.53重量%存在することが認められ、いずれも最内層の防曇剤濃度の方が基層より1.4倍くらい高い。イ号物件及びハ号物件は、未だ青果物を収納していない青果物収納用の袋であり、また、右分析の当時その素材である三層複合フィルムの製造時から数日以上の時間を経ていることが明らかであり、既にこの段階で最内層中の防曇剤濃度が基層の1.4倍くらい高いということは、被告物件が被告も自認するように低融点でヒートシール性を有する最内層を具備するものであるため、仮に製造当初は最内層に防曇剤が全く存在していなかったとしても、最内層の方が基層より溶解性及び易動性が高いことにより基層から最内層へ防曇剤の移行が生じ、その結果として最内層中に高濃度の防曇剤が存在するに至っていることを意味し、イ号物件及びハ号物件が共に参考第4図と同一構造であって、本件特許発明で用いる袋そのものであることを示している。

すなわち、被告物件は、本件特許発明と全く同様に、防曇剤をブリードアウトする駆動力が常時作用し、最内層の防曇剤引出し効果を奏することが明らかである。

2 被告は、本件はいわゆる包袋禁反言の法理の適用を受けるべき事案であると主張するが、本件においては同法理を適用すべき要件が充足されていない。

(一) 包袋禁反言の法理は、特許請求の範囲の記載の解釈について、出願過程における手続補正書や意見書、あるいは特許異議答弁書等の出願書類に現われている自らの主張に反する主張をすることは許されないという、特許権の行使における信義則の適用として用いられるものであるから、特許出願人が特許出願の過程において特許異議答弁書等に記載した事項が常に特許権侵害訴訟の場において斟酌されるという性質のものではない。この法理が適用されるためには、少なくとも次の二つの要件を共に充足することが必要である。

(1) 特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明に照らして明らかであるなどの特段の事情があること(最高裁平成三年三月八日第二小法廷判決・民集四五巻三号一二三頁〔以下「リパーゼ事件最高裁判決」という〕参照)。

(2) 問題とされる特許異議答弁書等における出願人の主張が、公知技術の存在に照らすと、特許取得のためには無理からぬことであったと客観的に認められること(大阪地裁昭和五五年二月二九日判決・特許管理別冊判例集Ⅱ昭和五五年八頁)。

包袋禁反言の法理は、信義則を基礎としつつも、明細書の記載上多義的な解釈が可能な場合に用いられる法理であるから、右(1)の要件を充足する場合でなければ適用されないことはいうまでもない。(2)の要件を充足することが必要であることも学説、裁判例上認められているところである。

(二) これを本件についてみると、前記1の(一)及び(二)のとおり、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在」しているとは、青果物包装状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が存在する、すなわち「含有」されていることを意味するものであることは、特許請求の範囲の記載から一義的に明確であり、また、発明の詳細な説明の記載に照らしても「防曇剤が存在し」なる記載は、最内層及び基層の両層に「あらかじめ防曇剤が練り込み配合され」等と記載すべきところを誤記したものであるとはいえないから、前記(1)の要件を欠く。

被告は、原告は特許異議答弁書において、参考第1図ないし第4図を引いて従来技術と本件特許発明との構成の違いを強調した上でその作用効果の相違を説明していることから窺えるとおり、本件特許発明の特許請求の範囲における「防曇剤が存在し」との記載は決して客観的一義的に明確と億いえない旨主張するが、右特許請求の範囲の記載が客観的一義的に明確であることは、特許請求の範囲の記載自体により証明されるものである。特許異議の申立てに対して出願人が右のように特許出願に係る発明と異議申立人提出の証拠資料に記載されている従来技術との構成上及び作用効果上の相違を証拠資料の具体的な技術記載をベースにして対比説明をすることは、特許異議の審理手続上当然に予定されているところであり、特許請求の範囲の記載が客観的一義的に明確であるかどうかとは全く関係がない。

(三) 次に、本件において被告が包袋禁反言の法理を適用すべき根拠として指摘する特許異議答弁書(乙一〔異義申立人三菱油化株式会社に対するもの〕、乙二〔異議申立人二村三昌株式会社に対するもの〕、乙一九〔異議申立人柴田昌雄に対するもの〕)中の出願人(原告)の主張は、次のとおりである(以下、順に「包袋記載①」、…「包袋記載⑦」という)が、後記(四)のとおり、これらの主張が公知技術の存在に照らすと特許取得のためには無理からぬことであったとは到底いえないから、前記(2)の要件も欠く。

① 「これに対し本願発明は①ヒートシール層を構成する最内層と、②フィルムに腰を与えるための基層の両方に防曇剤を存在させておき、これらを積層フィルムとしたとき、その両方の層に防曇剤を存在せしめるという技術(以下積層練り込み法と記載する)を提供するものである。」(11頁)

② 「参考第4図は積層フィルムにおける最内層と基層の両方に積層練り込み法を適用した場合(本願発明)を夫々示す断面説明図である。」(13頁)

③ 「最後に参考第4図、即ち積層フィルムにおける最内層(ヒートシール層)HSと基層BSの両方に防曇剤を練り込んだ積層練り込み法(本願発明)について考察する。」(21頁)

④ 「以上詳細に論じた様に、包装用プラスチックフィルムに防曇剤を適用する場合の技術形態として考えられるケース(参考第1〜4図)の中で、本願発明に係る積層練り込み法(参考第4図)は防曇作用を持続的に発揮する上でもっとも理想的な構成が採用されており、単に防曇剤を適用すれば良いというシンプルな技術的発想のみでは進歩性を正しく論じ得るものではないことが明らかになったと信ずる。」(24、25頁)

⑤ 「防曇剤を練り込みさえすれば良いというのではなく、延伸され且つ小孔の設けられた積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤を練り込み配合することの意義が重要なのである。」(35頁)

⑥ 「本願発明は構成要素①〜⑨の全てを満足することによって前記した様な鮮度保持効果を示したものであり、該構成要素の一つでも欠けたもの、例えば……(中略)……構成要素⑥のみを欠くもの(最内層・基層のいずれか一方にしか防曇剤を配合していないもの)……(中略)……等は、これら全ての要素を満足する本願発明のものに比べて鮮度保持効果が顕著に見劣りしているのである。」(50頁)

⑦ 「一方本願発明で用いられるフィルムは『積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤が練り込まれ、しかも所定の小孔が設けら』たものである。」(乙一58頁)

(四)(1) 包袋記載①ないし④は、防曇剤について「積層練り込み法」等のフィルム製造時における操作を表す用語を用いて、防曇剤が「存在」ないし「含有」されている例を挙げ、これらの例を用いて防曇効果、鮮度保持効果等を対比的に説明している記載部分であるが、これは次のような事情によるものである。

本件特許発明の出願公告に対しては八件の特許異議申立てがなされ、提出された公知例は多数に上ったが、これらの公知例をプラスチックフィルム製青果物包装用袋の曇りを防止するために採用した技術的手段により大別すると、

イ プラスチックフィルムの表面に防曇剤をコートする技術(例えば、特開昭五四―九九一八〇号公開特許公報〔乙六の1〕。特許異議答弁書では「コート法」と称している)

ロ 素材となるポリエチレンやポリプロピレンの溶融樹脂中に防曇剤を練り込んでおき、これを押し出してポリエチレンフィルムやポリプロピレンフィルム(いずれも単層フィルム)を製造する技術(例えば、特開昭五四―八一三五四号公開特許公報〔甲五〕。特許異議答弁書では「単層練り込み法」と称している)

ハ 積層フィルムの最内層にのみ防曇剤を練り込んだ複合フィルム(積層フィルム)を製造する技術(例えば、特開昭五四―一一九五八〇号公開特許公報〔乙一一の1〕。特許異議答弁書では「最内層練り込み法」と称している)という三種類に分類できることが判明し、それらがいずれも製法的に記述されていることから、本件特許発明に使用する複合フィルムに採用した防曇技術についても、防曇剤の有無というような状態的説明ではなく、製法的に説明した方が公知技術との対比を分かりやすく説明できるため、本件特許発明についても実施例において防曇剤を存在せしめるための操作として採用した「積層練り込み法」という製造手段により説明しているのであって、本件特許発明のフィルムの構成を、積層練り込み法によって最内層及び基層の両層に防曇剤を存在させたもの、すなわち実施例に記載したとおりのものに限定する意図は全く認められず、本件明細書の発明の詳細な説明にも特許請求の範囲の「防曇剤が存在する」を製法的に限定したことを明らかにする記載は一切見られないのである。右のような方法的説明に代えて、特許請求の範囲に記載されているとおり「最内層及び基層のいずれも防曇剤が存在している」フィルムであるとして状態的に説明したとしても、前記公知技術イないしハとの相違を説明することができなくなるわけではないから、公知技術との関係において「積層練り込み法」という表現を用いざるをえなかったという事情は全くなかったのである。なぜなら、公知技術イないしハのフィルム構造を図解した参考第1図ないし第3図と、本件特許発明であるとして「積層練り込み法」によるフィルム構造を説明した参考第4図とを対比すれば明らかなように、これらはそのフィルム構造ないしフィルムの層の状態(防曇剤の有無)のみによって既に十分明確に区別することができるからである。このことは、特許異議答弁書において最内層及び基層中の防曇剤の作用は練り込むという操作に限定して生ずるものではなく最内層及び基層に存在することに基づくものであるとして、「最内層中に存在する防曇剤は前記参考第3図における最内層中の防曇剤と同様の作用を発揮し、最内層表面側に付着した蒸着水分を薄膜化する。」(21頁5行〜8行)、「基層中の防曇剤は基層の表面側〔最内層との境界部側および反対側(三層積層フィルムの場合は最外層との境界部側)〕へ向けて強制的に移行されている。」(同頁16〜19行)と記述していることからも疑いを容れる余地はない。その「(8―4) 本願発明による技術効果のまとめ」の項においても、本件特許発明の効果はフィルムの最内層及び基層の両層に防曇剤が「存在」していることに基づく効果であると明記されており、両層に防曇剤が「練り込まれている」ことに基づく効果であるとは説明されていない。

(2) 包袋記載⑤は、この記載がなされている項目(8―1)全体における位置を念頭に置いて読めば、いずれも孔あき延伸複合フィルム同士であるフィルムAa(本件特許発明の実施例)とフィルムAb(対照例)との間における防曇剤練り込みの有無による効果の差の方が、いずれも単層フィルムからなるフィルム(比較例)同士の間における防曇剤練り込みの有無による効果の差よりも顕著であることを述べていることが明らかである。「練り込み配合」との表現は、説明の便宜上、実施例、対照例、比較例それぞれの素材フィルムの製造時にあらかじめ行った操作に即してなされているのである。このことは、同項目(8―1)の冒頭において「フィルム中に防曇剤が存在することによる効果」を総論的に記載した部分では、「防曇剤を練り込む」との表現ではなく、「防曇剤が存在」するとの表現を用いて効果の差を述べていること(乙一、二の各34頁)に照らしても疑問の余地がない。

要するに、包袋記載⑤は、右総論的記載部分を、更に実施例、対照例、比較例それぞれのフィルム製造時の操作に即してより詳細に説明したものであって、本件特許発明の技術的範囲から練り込み配合以外の手段によって青果物包装状態における複合フィルムの最内層に防曇剤を存在させることを排除する意味は一切ない。

(3) 包袋記載⑥は、特許異議答弁書の「〔第一部〕本願発明の特許性についての説明」の「(11)の第一部のまとめ」の項冒頭における記載部分であり、特許出願に係る発明の進歩性の存在を訴える際に通常用いられる常套文句により効果の顕著性を述べているものである。ここにいう構成要素①ないし⑨は、〔第一部〕の「(1)本願発明の要旨」の項冒頭において「本願発明の要旨は、本件公告公報の特許請求の範囲に記載の通りであるが、これを構成要素単位に摘記して整理するならば下記の通りである。」として本件特許発明の要旨を①ないし⑨に分説したものに外ならない(5頁〜6頁)。したがって、包袋記載⑥中の「該構成要素の一つでも欠けたもの」とは、それに先立つ「本願発明は構成要素①〜⑨の全てを満足することによって前記した様な鮮度保持効果を示したものであり」に続く記載であるから、右分説に係る①ないし⑨の構成要素の中の一つでも欠けたものを意味することは明らかである。例えば「構成要素⑥のみを欠くもの」とは、右分説において構成要素⑥として定義付けられている「最内層および基層の両層に防曇剤が存在すること」という構成要素のみを欠くものという意味である。もっとも、包袋記載⑥においては、「構成要素⑥のみを欠くもの」の後に、「(最内層・基層のいずれか一方にしか防曇剤を配合していないもの)」との括弧書きがあるが、この括弧書きは、〔第1部〕の第(1)項冒頭において前記のような構成要素⑥の定義付けが明確になされている特許異議答弁書の構成からみて、本来は「(最内層・基層のいずれか一方にしか防曇剤が存在していないもの)」を意図していたことは明らかである。しかるに、原告代理人である弁理士は、包袋記載①ないし⑤において既に本件特許発明を、その実施例において採用したフィルムの製造技術(製法)に対応させて「配合」等の用語を用いて説明してきた関係上、ついうっかりして、ここでも「配合」という用語を使用したものである。

(4) 包袋記載⑦は、異議申立人三菱油化株式会社からの特許異議申立事件における、本件特許発明の出願前に原告により発行された「FILM INFOR-MATION」(本訴における乙七の1)に記載の野菜包装用フィルム「野菜包装用パイレーン―FG(P―五一六二)」と本件特許発明のフィルムは同一であるから特許法二九条一項三号により特許を受けることができないとの異議申立理由に対する答弁の中の一部分であるが、原告は、これに対する答弁として、包袋記載⑦に先立ち「『フィルム巻内は処理面で防曇面且つヒートシール面であり、フィルム巻外は非処理面である』。また小孔の有無等についても一切触れられていない」と述べ、包袋記載⑦に続けて「従って両者のフィルムが同一であるとは、一体何を根拠としての主張であるか、理解できない。」と述べた(58頁)。前記のような異議申立理由に対しては、本来右に引用したような答弁により本件特許発明は特許法二九条一項三号に該当しないと述べておくだけで本件特許発明の新規性は十分認められたはずであるから、包袋記載⑦は、異議申立理由とされた公知技術の存在に照らし特許取得のためには本来述べる必要のない内容であり、この包袋記載⑦のように述べることが無理からぬことであったとは到底いえないものである。

(五) 被告は、前記一(被告の主張)1(二)の公知の知見に従えば、参考第3図(最内層練り込み法)の場合には、最内層に練り込まれた防曇剤は基層に拡散移行すると主張するが、同所において被告の援用する特開昭五四―一五八四七七号公開特許公報(乙六の2)は、防曇剤が未延伸の最内層4から同じく未延伸のポリオレフィン層5若しくは6又は接着剤層3へブリードアウトすることを開示してはいるが、最内層から二軸延伸された基層へブリードアウトすることを示すものではない。したがって、原告の特許異議答弁書中に、防曇剤を最内層及び基層の両層に練り込むとの説明があるとしても、本件特許発明を公知技術と識別するために右のような説明をすることが無理からぬことであったという事情は全く存在しない。なお、実験報告書(乙一三)は、本件訴え提起の後に被告側で行われた実験の報告書であるから、特許発明に関する公知資料たりえないことが明らかであるのみならず、この実験に供せられた試料のフィルム構成そのものも、いかなる文献により公知であるのかが示されていないから、公知の設定条件に基づく効果の確認実験であると認めることもできない。

また、被告援用の特許庁審判官の特許異議の決定における理由の説示を、本件特許発明の構成要件である最内層及び基層の両層に「防曇剤が存在する」との点については何ら記載されていない、と書き改めても、公知例との関係において何ら齟齬はなく、特許請求の範囲における「最内層及び基層の両層に防曇剤が存在すること」に関して、これを、「最内層を形成する樹脂および基層を形成する樹脂各々にあらかじめ防曇剤を練り込み混合した樹脂組成物を積層したものに外ならない」とした特許庁審判官の説示それ自体が正当でないのである。そもそも右説示は、本件特許発明の進歩性を判断する前提としての要旨認定に関わるものであるから、リパーゼ事件最高裁判決がそのまま適用されるところ、本件特許発明の特許請求の範囲における「防曇剤が存在する」との文言は、その意義が一義的に明確であって何ら多義的ではないのであるから、右のような説示は、右最高裁判決に反して違法に本件特許発明の要旨を認定したものである。前記のとおり、包袋記載①ないし⑦が包袋禁反言の法理の適用要件(1)及び(2)をいずれも充足しない以上、右のような特許庁審判官の示した特許請求の範囲の文言に関する説示は、それ単独では何ら包袋禁反言の主張を理由あらしめる根拠となりうるものではない(特許異議の申立てを理由がないとする特許異議の決定の結論が正しい以上、出願人において右説示に不服であってもこれに対する不服申立ては許されていないから、侵害訴訟において右説示の正当性を争えるものとしなければ、公平に反する)。

更に、被告は、特許庁審判官は、異議申立人グンゼ株式会社提出の特開昭五三―三七七八四号公開特許公報(甲二〇)との対比において、本件特許発明の顕著な効果が奏されるのは、「特に基層にも防曇剤を添加混合すること」によるものであると認定している、と主張するが、誤りである。なぜなら、右文言には、「二軸延伸ポリプロピレン系樹脂フィルムを基層とする複合フィルムにおいて、」(甲一九6頁12行〜14行)という技術的前提があるのであり(このことは、延伸されていない単なるフィルムからなる基層に防曇剤を添加混合するという防曇性フィルムの製造方法自体は右公開特許公報により公知であったから、当然のことである)、本件特許発明は、未延伸フィルムの基層に防曇剤を添加混合するという防曇フィルム製造技術が公知であるという出願当時の技術水準のもとにおいて、二軸延伸されたフィルムの基層に防曇剤を存在させるという新規な構成を採ることにより、初めて防曇剤の引出し効果等に関して顕著な効果を奏したものであるとして進歩性を認めたものであるからである。また、前記文言中の「特に」は、基層にも添加混合する」ことを強調するものではなく、「帯電防止剤ではなく防曇剤を」という点を強調するものである。このことは、「この点甲第三〜六号証に二軸延伸ポリプロピレン系樹脂フィルムを基層とする複合フィルムが記載されているといえどもこれら甲各号証には基層に防曇剤を添加混合する点については何ら示唆されておらず(甲第三、五号証には、二軸延伸ポリプロピレン系樹脂フィルム基層に、帯電防止剤を必要に応じて添加しうる、と記載されているが、該添加剤は種々の添加剤の例示の内の一つとして示されているに過ぎず、具体的な実施態様は何ら示唆されておらず、これらの記載から該基層に防曇剤を添加することが示唆されているとは直ちにはいえない。)」との説示に照らし明らかである。

(六) 被告は、包袋禁反言の法理の適用につき、何故に表示者がそのような表示をしたかは問題でない旨主張するが、右法理が適用されるためには、出願人においてその表示のとおり特許請求の範囲を限定する意思が認められることが最低限必要というべきである。出願人において特許請求の範囲を限定する意思が認められないのに、単にそのような表示をしたというだけで、特許請求の範囲の文言をその表示の如く一方的に解釈し限定を加えることは、衡平の原則に照らし許されないからである。

3 被告は、本件特許発明の出願当初の明細書には、最内層及び基層の両層に防曇剤が存在する複合フィルムを用いる発明の開示はなかったかのように主張するが、右開示のあったことは明らかである。

(被告の主張)

本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し、…からなる最内層と、防曇剤が存在し、…からなる基層」とは、包袋禁反言の法理に従って、「あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ、…からなる最内層と、あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ、…からなる基層」と解すべきである。被告物件は最内層及び最外層にあらかじめ防曇剤を添加していないから、被告物件によって包装された青果物の包装体は本件特許発明の技術的範囲に属しない。

1 本件は、出願の経緯に徴し、包袋禁反言の法理の適用を受けるべき事案である。

(一) 本件特許発明の出願人である原告は、本件特許発明の出願公告に対する特許異議事件の審理の過程において包袋記載①②③⑤⑦のように述べているのであって、このように、本件特許発明における要件の一つである「最内層と基層の両方に防曇剤を練り込み配合する」ということは、いくつかの実施例、対照例、比較例とそれらの効果とを対照検討した結果導かれた結果であって、本件特許権の権利成立の後に軽々に変更されるべきものではない。

そして、原告は、包袋記載④のように述べ、特許異議申立人の異議事由を排斥するために、本件特許発明は積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤を練り込んで配合し、これらを用いて積層フィルムとしたものであり、それが本件特許発明の従来技術と異なる特徴であるとしていたのである。すなわち、前記一(被告の主張)1(二)の公知の知見に従えば、参考第3図(最内層練り込み法)の場合には、最内層に練り込まれた防曇剤は基層に拡散移行するところ、原告は、これらの従来技術に対して本件特許発明は最内層と基層の両層に防曇剤をあらかじめ練り込むことが重要であると強調しているから、本件特許発明を公知技術と識別するためには、本件特許発明に用いる複合フィルムは、最内層を形成する樹脂と基層を形成する樹脂の各々にあらかじめ防曇剤を練り込み、かくして得られたフィルムを積層したものであると解しなければならない。特に、原告が包袋記載⑥のように、本件特許発明は、そのすべての構成要素を満足することによって初めて鮮度保持効果を示したものであり、該構成の一つでも欠けたもの、例えば、最内層、基層のいずれか一方にしか防曇剤を配合しないものは、すべての要素を満足する本件特許発明に比べて鮮度保持効果が顕著に見劣りすると明言していることに注目する必要がある。

(二) 特許庁審判官は、右のような特許異議に対する原告の答弁を受けて、特許異議の申立てを理由がないとする特許異議の決定をしたのであるが(乙三、四、一〇、甲一九)、その理由中において、「本願発明における『最内層および基層の両層に防曇剤が存在すること』とは、最内層を形成する樹脂および基層を形成する樹脂各々にあらかじめ防曇剤を練り込み混合した樹脂組成物を積層したものに外ならないことは、明細書の各実施例および平成三年一二月二八日付け答弁書の第11頁、第13頁および第21頁の記載をみても明らかである。」と認定判断しているのである。

更に、異議申立人グンゼ株式会社の異議申立てに係る特許異議の決定(甲一九)において、特許庁審判官は、グンゼ株式会社提出の特開昭五三―三七七八四号公開特許公報(甲二〇)と本件特許発明との対比において、本件特許発明の顕著な効果が奏されるのは、「特に基層にも防曇剤を添加混合すること」(6頁14行、15行)、すなわち「最内層に防曇剤を添加混合するだけでなく、特に基層にも防曇剤を添加混合すること」によるものであることを、本件明細書の実施例(Aaフィルム)のみが比較対照例となるフィルムA、Ac、Ad、外のフィルムB〜Lと比較して顕著な効果を示していること及び本件明細書の記載(訂正公報67頁終わりから8行〜68頁1行)から認定しているのである。

(三) 本件特許発明については、審査の過程において右(一)及び(二)のような出願人の本件特許発明の構成に関する主張とこれに対する特許庁審判官の認定判断が存在するのであるから、本件特許発明の特許請求の範囲における「防曇剤が存在し…からなる最内層と、防曇剤が存在し…からなる基層」なる記載は、包袋禁反言の法理に従って、「あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる最内層と、あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる基層」と解すべきであって、本件特許発明の構成を右のように解しなければ本件特許発明に特許性の認められないことは、被告提出の各公知文献を参照すれば明らかである。

したがって、被告物件たる包装用袋(別紙イ号ないしニ号物件目録各(二)の製造、販売は、本件特許権の間接侵害を構成しない。

2 これに対し、原告は、リパーゼ事件最高裁判決の説示を援用して、包袋禁反言の法理について、(1) 特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情があること、(2) 問題とされる特許異議答弁書等における出願人の主張が、公知技術の存在に照らすと、特許取得のためには無理からぬことであったと客観的に認められること、という二つの要件を自ら創設し、包袋禁反言の法理が適用されるためには少なくとも右の二要件を共に充足することが必要であるとした上、本件の場合には、右の二要件をいずれも充足しないので包袋禁反言の法理は適用されない旨主張するが、失当である。

(一) まず、リパーゼ事件最高裁判決は、その説示から明かなように、単に特許出願に係る発明の新規性及び進歩性を審理する際に準拠すべき基準を明らかにした判決にすぎず、包袋禁反言の法理を論じたものではない。すなわち、特許出願に係る発明の要旨の認定について右最高裁判決の明らかにした法理が妥当するとしても、包袋禁反言の法理も、特許権侵害訴訟の場において適用されるべき法理であることはほとんど異論のないところである。

(二) 包袋禁反言は、出願書類包袋、すなわち特許出願及びその後の手続の遂行に関するすべての書類を含む特許庁の公文書綴りから生ずる禁反言であって、広い意味の「表示による禁反言」(estoppel by representation)であるとされている。そして、禁反言を生ずる「表示」とは、表示者が自ら又は代理人を通じてある事実に関して肯定又は否定その他の方法によって他人に対し、又は他人に知らしめる意思をもってした陳述であって、何故に表示者がそのような表示をしたかは問題ではなく、表示者の表示によって、被表示者がその事実を表示のとおり理解したかどうかが重要なのである。換言すれば、ある者がその意図いかんにかかわらずある行為によりある事実の存在について、通常人ならその事実の存在を信じる態様で表示し、実際に相手方がその表示を信じて、自己の利害関係を変更した場合、表示者は表示事実と反対の事実の存在の主張を禁止されるのであり、出願書類包袋に表示された記載から第三者が通常客観的に認識しうる事実に基づいて特許請求の範囲の記載を解釈すべきであって、出願人の主観的意図に基づいて解釈してはならない。本件特許発明について、原告は、特許出願の過程において、「本願発明で用いられるフィルムは『積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤が練り込まれ、しかも所定の小孔が設けられた』ものである」(包袋記載⑦)というように特許請求の範囲の記載を更に限定する要件が発明を構成する不可欠の要件であるかの如く述べて発明の特許性を主張し、特許庁審判官もそれを承認し、「本願発明における「最内層および基層の両層に防曇剤が存在すること』とは、最内層を形成する樹脂および基層を形成する樹脂各々にあらかじめ防曇剤を練り込み混合した樹脂組成物を積層したものに外ならない」と認定して特許を付与したにもかかわらず、本件訴訟においては原告はかかる限定要件を備えていないものまで本件特許発明の技術的範囲に属すると主張しているのであるから、その主張が包袋禁反言の法理により許されないことは明らかである。

(三) また、特許請求の範囲の記載が一見、客観的一義的に明確であるかのようであっても、出願審査の過程において出願人が特許請求の範囲を限定することを表示したり、特許請求の範囲の記載に関して用語に定義を与えるなどの陳述を行い、そのために技術的範囲が実質的に減縮される結果をもたらしている場合、包袋禁反言の法理の適用を認めないことは信義衡平の原則に反するから、包袋禁反言の主張は、特許請求の範囲の記載がその文言上客観的一義的に明確であると否とにかかわらず認められなければならない。

しかも、原告は、特許異議答弁書において、参考第1図ないし第4図を引いて、従来技術(参考第1図ないし第3図)と本件特許発明(参考第4図)との構成の違いを強調した上で、その作用効果の相違を説明していることから窺えるとおり、本件特許発明の特許請求の範囲における「防曇剤が存在し」との記載が、フィルムを形成する樹脂にあらかじめ防曇剤を練り込み混合することによって存在せしめることを指すのか、あるいは防曇剤がフィルム中を移行(ブリードアウト)することによって結果として存在することとなる場合をも指すのかは、決して客観的一義的に明確とはいえない。このことは、特許庁審判官のした前記特許異議の決定における説示に照らし明らかである。

このような場合に、特許異議の決定に示されるように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載や実施例を参照して「防曇剤が存在し」の意義を定めることは決して不当ではない。

3 原告は、本件特許発明の出願当初の明細書(乙一七)においては、「最内層が……防曇性を有する二層以上の多層複合層からなる複合フィルム製袋で包袋されていることを特徴とする青果物の包装体」(特許請求の範囲(1)項)、「最内層には…更に防曇剤を付与することが必要である。」(発明の詳細な説明2頁右上欄)というように最内層に防曇剤を付与することのみを必須の構成要件とするフィルム製袋のみを記載していたのであって、基層に防曇剤を付与することについては何らの具体的な記載がなく、基層のみに防曇剤を練り込み配合する技術の如きは示唆さえもされていなかった。そして、出願審査請求時の昭和六〇年三月二九日付手続補正書(乙一八)において、「この層(基層)にも防曇剤……を配合してもよい。」(2頁3行、4行)との記載を加え、更に、拒絶査定に対する不服の審判を請求した後に初めて、特許請求の範囲を「防曇剤が存在し……からなる最内層と、防曇剤が存在し……からなる基層」なる記載に補正し、出願公告を受けたのである。

原告が本件特許発明の出願当初は最内層に防曇剤を練り込んで付与することを要件としていたにもかかわらず、拒絶査定後の審判請求において最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込んで配合することを要件とするに至ったのは、原告自らが特許異議に対する答弁において、最内層にのみ防曇剤を付与した防曇剤フィルムを「参考第3図」として掲げ、これを「参考第1図」及び「参考第2図」とともに「従来の防曇剤利用技術」とし、これらと本件特許発明との作用効果の差異を強調して、包袋記載⑤④のように述べていることと照応している。

このように、本件特許発明の出願過程における出願人たる原告の陳述に徴すれば、本件特許発明の特徴ないし特性は、その最内層及び基層の両方に防曇剤を練り込み配合するということであり、他方、前記のとおり最内層のみに防曇剤を付与した積層フィルムは公知であり、更には基層のみに防曇性を有する帯電防止剤を練り込んで配合した複合フィルムも公知であった(乙一五)から、かかる従来技術が存在する以上、原告は、本件特許発明を、最内層及び基層の両方に防曇剤を練り込んで存在させたものに限定せざるをえなかったのである。

三  争点3(被告物件は、本件特許発明に係る青果物の包装体の生産にのみ使用するものか)について

(原告の主張)

1 被告物件(イ号ないしニ号物件目録各(一))の構造b、c、dは、それぞれ本件特許発明の構成要件B、C、Dを充足するところ(被告物件の構造b①の最内層を構成する防曇性及びヒートシール性を有する「プロピレン系共重合体」を主体とするフィルムは、本件特許発明の構成要件B①の防曇性及びヒートシール性を有する「ポリオレフィン系樹脂」を主体とするフィルムに外ならない)、被告物件の最終需要者(農業協同組合、農家、大規模小売店など)が被告物件に青果物の単体あるいは集合体を入れて生産する「青果物の包装体」は、右の構成要件の外、構成要件A及びEをも充足する。

このように、被告物件は、本件特許発明の構成要件B、C、Dを充足し、しかも、残余の構成要件A及びEをも充足する「青果物の包装体」を生産するために使用され、これ以外の用途を有しないから、被告物件は、本件特許発明に係る青果物の包装体の生産にのみ使用するものである。

2 ハ号物件及びニ号物件は、それ自体には「キュウリ」等の印刷が付されていない無地の袋であるが(構造d)、ハ号物件及びニ号物件を一〇〇枚束ねて収容している袋の表面には、次のような文言及び文章が印刷されている(構造e)。

「くっきり」「新鮮」

「○優れた鮮度保存性

防曇効果が優れている為、中の水分が水滴にならず薄い水膜になり内容物を水滴から守り腐敗が少なく商品鮮度の保存性が良くなります。」

これらの文言及び文章に示すような新鮮さ、鮮度保存性は、被包装物が「青果物」である場合以外には要求されないものであり、本件明細書において本件特許発明の効果として強調していた事項に外ならない(前記第二の二2)。

したがって、右のような文言及び文章の印刷された一〇〇枚収納用袋に納られているハ号物件及びニ号物件は、決して鮮魚や生菓子などの包装に使用されることはない。

3 被告は、構成要件Dとの関係で、被告物件は青果物を収納した場合にも口を開放したまま使用されることがあると主張するが、本件特許発明に係る青果物の包装体は、本件明細書に開口部を密封する場合と密封しない場合の双方があることを前提とする記載(公報8欄3行〜7行)があることから明かなように、必ずしも口が密封されていなければならないものではない。構成要件Dにいう「総開孔面積」は、「開口部」の面積を含まない。「開口部」は、青果物を袋内に充填する入口であり、青果物包装体内部に滞留する気体と外部の空気との流通を助ける「開孔」とは概念及び機能が全く異なるからである。

(被告の主張)

1 被告物件が、構成要件A及びEを充足する「青果物の包装体」を生産するために使用され、これ以外の用途を有しないことは否認する。

2 被告物件のうち、「キュウリ」などの青果物の名称等を印刷した袋(イ号物件及びロ号物件)は青果物専用の袋として使用されるが、無地の袋(ハ号物件及びニ号物件)は青果物の外、鮮魚や生菓子などに汎用の袋として使用されている。

したがって、無地の袋は、本件特許発明に係る青果物の包装体の生産にのみ使用するものとはいえない。

3 また、被告物件は、青果物を収納した場合にも、口を開放したまま使用されることがあり(甲四)、このような包装袋については本件特許発明の開孔面積に関する構成要件Dを欠如する。

第四  争点に対する判断

一  争点1(本件特許発明の特許には、明白な無効事由があるか)について〈省略〉

二  争点2(本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」の意義)について

被告物件は、前記第二の三において特定したイ号ないしニ号物件目録各(三)の記載によれば、いずれも、その構造aが本件特許発明の構成要件Aのうち「各々の層がポリオレフィン系樹脂を主体とする二層以上の多層複合層からなる複合フィルム製袋」という要件を、構造cが構成要件Cを、構造dが構成要件Dを各充足することは明らかである。

そこで、被告物件が構成要件B「上記複合フィルムは、①防曇剤が存在し防曇性及びヒートシール性を有するポリオレフィン系樹脂を主体とするフィルムからなる最内層と、②防曇剤が存在し上記最内層の主体となっているポリオレフィン系樹脂より高融点であるポリプロピレン系樹脂を主体とする二軸延伸フィルムからなる基層とを有する二層以上の多層複合層からなる」ことを充足するか否かの判断の前提として、右構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」の意義について、原告主張のように、青果物の包装状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が含有されていることを意味するのか、被告主張のように、「あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる最内層と、あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる基層」と解すべきであるのか、以下検討する。

1  本件明細書の記載

(一) 本件明細書によると、本件特許発明は、発明の名称を「青果物の包装体」とするものであり、特許請求の範囲にも、「青果物の単体あるいは集合体が」「複合フィルム製袋で包装され」ている「青果物の包装体」(構成要件A、E)であることが明確に記載されているから、本件特許発明は、単なる複合フィルムないしこれによって製造された包装用袋に関する発明ではなく、青果物の単体あるいは集合体を複合フィルム製袋の中に収納した状態(青果物を包装した状態)における包装体に関する発明であることが明らかである。したがって、本件特許発明の構成要件Bは、右のとおり青果物を収納した状態における包装体において、その包装用袋を構成する複合フィルムの最内層及び基層の両層に防曇剤が存在することを意味するということができる。

しかして、右の「存在(する)」とは「一般に『ある』ということ」を意味し(広辞苑第四版)、特許請求の範囲の記載においてこれと別異に解釈すべき特段の記載もないから、右構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは、かかる包装体において複合フィルムの最内層及び基層の両層に防曇剤がある、すなわち最内層及び基層の両層がいずれも防曇剤を含有していることを意味するものと解するのが自然であって、このことは特許請求の範囲の記載自体から明確であるということができる。他方、右特許請求の範囲の記載自体からは、右複合フィルムの製造段階においてあらかじめ最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込んで混合することを意味すると解すべき根拠はないという外ない。

(二) また、本件明細書の発明の詳細な説明の欄においても、〔問題点を解決する為の手段〕の項に特許請求の範囲と同旨の記載がある外(公報3欄16行〜31行)、〔作用及び実施例〕の項に「また基層および最内層を構成する樹脂中には防曇剤が存在することが必要であり、使用される防曇剤としては、例えば多価アルコールの脂肪酸エステル類、高級脂肪酸のアミン類、高級脂肪酸のアマイド類、高級脂肪酸のアミンやアマイドのエチレンオキサイド付加物等が挙げられる。その存在量は全層換算で0.1〜10重量%、特に0.2〜5重量%が好ましく、最内層構成々分中では五〇重量%以下が好ましい。この様にして防曇剤の存在する複合フィルムは、防曇性(「防曇剤」とあるのは明らかな誤記と認める)を示す様になるばかりでなく、制電性や滑り性も改質される。」(同4欄16行〜27行)、「本発明では、上記の如く基層および最内層中に防曇剤が存在し且つ最内層がヒートシール性を有する複合フィルムに対し、総開孔面積がフィルム全表面積に対し0.05〜2%、より好ましくは1〜0.2%となる様に、直径が0.5〜15mm、好ましくは二〜八mm程度の小孔が形成されてなる孔明き複合フィルム製包装袋を使用する。」(同5欄41行〜5欄3行)との記載があり、〔発明の効果〕の項に「本発明は以上の様に構成されるが、包装用袋として最内層および基層の構成樹脂中に防曇剤が存在すると共にヒートシール性を示す最内層を有し、」(訂正公報68頁下から6行、5行)との記載があり、このように発明の詳細な説明における本件特許発明に係る青果物の包装体そのものの内容を説明する記載において、「防曇剤が存在」するとの用語が通常の「防曇剤がある」ないし「防曇剤を含有する」という意味で繰り返し用いられており、他に、「高級脂肪酸アマイド系防曇剤を一%含有する」公報6欄36行、37行)との用語も用いられている。他方、「防曇剤が存在」するとの用語が複合フィルムの製造段階においてあらかじめ最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込んで混合することを意味するものであることを示唆するような記載はない。

(三) もっとも、本件明細書の〔実施例〕の項には、ネギの保存テストに使用した本件特許発明に用いる複合フィルムにつき、「また基層はポリプロピレン(エチレン0.8wt%共重合)を配し最内層および最外層はプロピレン・ブテンー一共重合体(ブテン含有量一八wt%)とプロピレン・エチレン共重合体(エチレン含有量五wt%)とを九六/四(重量比)混合物を配しさらに高級脂肪酸アマイド0.1wt%、高級脂肪酸エステルモノグリセライド0.6wt%、二酸化珪素0.4wt%を各層に配合した三層(厚み…最内層/基層/最外層=二/二一/二μm)二軸延伸フィルムの表面をコロナ放電処理し表面濡れ張力を四〇ダイン/cmとしたもの、および該コロナ放電処理物に二mmФの小孔を開孔面積率が0.3%となるように穿設したものを夫々用い製袋機により巾一〇cm長さ七〇cmの袋を溶断シール法により得た。」(訂正公報65頁1行〜6行、公報13欄6行〜14欄2行)との記載、グリーンアスパラガスの保存テストに使用した本件特許発明に用いる複合フィルムAaにつき、「フィルムA:基層にポリプロピレン(エチレン0.8wt%共重合)に高級脂肪酸アマイド0.2wt%、ステアリン酸モノグリセライド0.5wt%、二酸化珪素0.16wt%を配合した層を配し、最内層および最外層にブテンーエチレン共重合体(エチレン3.5wt%)とプロピレン・エチレン共重合体(エチレン五wt%)とを五〇/五〇(重量比)で混合し、さらに高級脂肪酸アマイド0.4wt%、ステアリン酸モノグリセライド0.5wt%、二酸化珪素0.4wt%を配合した混合物を配した三層(厚み:最内層/基層/最外層=二/二一/二μm)二軸延伸フィルムの表面をコロナ放電処理し表面濡れ張力を四〇ダイン/cmとしたもの。フィルムAa:上記フィルムAに孔径三mmの小孔を開孔面積率が0.25%となる様、分散して形成したもの」(公報17欄25行〜38行、訂正公報65頁9行、10行)との記載、その他「防曇剤配合」との記載があり、これら本件特許発明の実施例で示された複合フィルム製袋は、いずれもその製造段階において最内層及び基層の両層にあらかじめ防曇剤を配合した複合フィルムであることが明らかである。

しかしながら、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは、青果物を収納した状態における包装体において、複合フィルムの最内層及び基層の両層に防曇剤がある、すなわち最内層及び基層の両層がいずれも防曇剤を含有していることを意味するものであることが特許請求の範囲の記載自体から明確であることは前示のとおりであるし、また、青果物を収納した状態における包装体において複合フィルムの最内層及び基層の両層がいずれも防曇剤を含有している状態にする方法としては、複合フィルムの製造段階においてあらかじめ最内層及び基層の両層に防曇剤を配合しておくことが最も典型的ではあろうが、青果物を収納した時点で複合フィルムの最内層及び基層の両層がいずれも防曇剤を含有している状態であれば足りるのである(実施例の項においても、「防曇剤配合」との記載とともに、「フィルム中に防曇剤が存在することによる効果」〔訂正公報67頁下から20行〕、「基層と最内層の両方に防曇剤が存在することによる効果」〔同下から9行〕等、「防曇剤が存在」するとの記載もある)から、本件明細書の実施例で示された複合フィルム製袋がその製造段階において最内層及び基層の両層にあらかじめ防曇剤を配合したもののみであるとしても、このことから本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈すべき根拠はない。

2  被告の包袋禁反言の主張について

右1説示のとおり、本件明細書の記載による限り、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは、青果物を収納した状態における包装体において、最内層及び基層の両層に防曇剤が含有されていることを意味するものと解すべきところ、被告は、原告は本件特許発明の出願公告に対する特許異議事件の審理の過程において包袋記載①ないし⑦のように述べ、特許異議申立人の異議事由を排斥するために、本件特許発明は積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤を練り込んで配合し、これらを用いて積層フィルムとしたものであり、それが本件特許発明の従来技術と異なる特徴であると強調し、特許庁審判官も右のような特許異議に対する原告の答弁を受けて、特許異議の申立てを理由がないとする特許異議の決定をしたものであるから、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し……からなる最内層と、防曇剤が存在し…からなる基層」とは、包袋禁反言の法理に従って、「あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる最内層と、あらかじめ防曇剤を練り込んで混合せしめ…からなる基層」と解すべきである旨主張するので、以下検討する。

(一)  特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(平成二年法律三〇号による改正前の特許法七〇条)、その特許請求の範囲の記載の解釈に当たっては、当業者に自明の技術的事項の外、特許出願の願書に添付した明細書及び図面に記載した事項を参酌すべきものであるが、右解釈のための資料は、原則としてこれらに限られると解すべきである。

もっとも、出願人が特許異議答弁書等、何人も閲覧、謄写、謄本の交付等を請求しうる書類(いわゆる包袋)において特許請求の範囲の記載の意義を限定するなどの陳述を行い、それが特許庁審査官ないし審判官に受け容れられて特許を付与された場合であって、かつ、右陳述を行わなければ例えば特許異議申立人主張の公知技術(いわゆる引用例)との関係で新規性又は進歩性を欠くとして特許出願につき拒絶査定を受けた可能性が高く、出願人においてかかる陳述をする必要性があったものと客観的に認められる場合は、同じ出願人が特許権者として、右特許権に基づく侵害訴訟において右陳述と矛盾する主張をして特許権の侵害を主張することは、民事法を支配する一般理念としての信義誠実の原則ないし禁反言の法理に照らし許されないと解すべきである(信義誠実の原則ないし禁反言の法理の特許法の分野における適用の一場面としての「包袋禁反言」の法理)。けだし、このような場合には、特許公報の形で公示された明細書及び図面の記載により特許請求の範囲の記載の技術的意義が明確であるとしても、出願人の右陳述の内容は、一般の第三者によって特許出願に係る発明が特許を受けるために不可欠な事項と理解されるのが通常であり、第三者のかかる理解に基づく信頼は保護されなければならず、侵害訴訟の場において出願人に右陳述と矛盾する主張を許すことは、第三者の正当な信頼を裏切ることになるからである。これに対し、出願人において特許請求の範囲の記載の意義を限定するなどした陳述が、例えば特許異議申立人主張の公知技術(いわゆる引用例)との関係で新規性又は進歩性を欠くとの異議事由を排斥するのに全く必要がなかったとか不必要な範囲まで限定を加えるものであったという場合には、右陳述に対する第三者の信頼はいまだこれを保護しなければならないような合理的信頼と評価することが困難であるから、右包袋禁反言の法理は適用されないというべきである。

原告は、リパーゼ事件最高裁判決を援用した上、包袋禁反言の法理が適用されるための要件の一つとして、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明に照らして明らかであるなどの特段の事情があることが必要であるところ、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は一義的に明確であり、また、発明の詳細な説明に照らしてその記載が誤記であるとはいえないから、本件においては包袋禁反言の法理を適用すべき要件が充足されていない旨主張する。しかし、包袋禁反言の法理は、前記のとおり民事法を支配する一般理念としての信義誠実の原則ないし禁反言の法理の特許法の分野における適用の問題であるから、原告主張の特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない等の特段の事情の存在の有無とは直接関係がなく、右特段の事情がないからといって、そのことだけでその適用が排除されるとする根拠はない。したがって、原告の右主張は採用することができない(リパーゼ事件最高裁判決は、包袋禁反言の法理につき判示したものではない)。

(二) 証拠によれば、本件特許発明の出願公告に対して、三菱油化株式会社、二村三昌株式会社、柴田昌雄及びグンゼ株式会社から特許異議の申立てがなされ、原告は前三者の特許異議の申立てに対し同内容の共通説明部分(本件特許発明の構成及び作用効果を説明した部分―51頁まで)である〔第一部〕と各個別答弁部分である〔第二部〕からなる特許異議答弁書(乙一、二、一九)を提出し(グンゼ株式会社の特許異議の申立てに対する特許異議答弁書は本件訴訟において証拠として提出されていない)、これに対し、特許庁審判官は、いずれも特許異議の申立てには理由がない旨の特許異議の決定(乙三、四、一〇、甲一九)をしたことが認められる(なお、本件特許発明の出願公告に対しては、合計八件の特許異議の申立てのあったことが窺われるが〔乙一、二、一九の各2頁〕、右に摘示した以外の特許異議答弁書及び特許異議の決定は本件訴訟において証拠として提出されていない)。

そこで、右(一)に説示したところを前提に、原告が右特許異議答弁書においてなした被告主張の包袋記載①ないし⑦の陳述について検討する。

(1) 包袋記載①は、「これに対し本願発明は①ヒートシール層を構成する最内層と、②フィルムに腰を与えるための基層の両方に防曇剤を存在させておき、これらを積層フィルムとしたとき、その両方の層に防曇剤を存在せしめるという技術(以下積層練り込み法と記載する)を提供するものである。」(11頁)というものであり、本件特許発明があらかじめ最内層及び基層に防曇剤を存在させておき、これらを積層フィルムとしたときにその両方の層に防曇剤を存在させる技術(これを「積層練り込み法」と称している)を提供するものであるとしている。包袋記載②は、「参考第4図は積層フィルムにおける最内層と基層の両方に積層練り込み法を適用した場合(本願発明)を夫々示す断面説明図である。」(13頁)、包袋記載③は、「最後に参考第4図、即ち積層フィルムにおける最内層(ヒートシール層)HSと基層BSの両方に防曇剤を練り込んだ積層練り込み法(本願発明)について考案する。」(21頁)、包袋記載④は、「以上詳細に論じた様に、包装用プラスチックフィルムに防曇剤を適用する場合の技術形態として考えられるケース(参考第1〜4図)の中で、本願発明に係る積層練り込み法(参考第4図)は防曇作用を持続的に発揮する上でもっとも理想的な構成が採用されており、単に防曇剤を適用すれば良いというシンプルな技術的発想のみでは進歩性を正しく論じ得るものではないことが明らかになったと信ずる。」(24、25頁)というものであって、右各包袋記載にいう「積層練り込み法」が、前記包袋記載①にいう、あらかじめ最内層及び基層に防曇剤を存在させておき、これらを積層フィルムとしたときにその両方の層に防曇剤を存在させる技術を指すものであることは明らかであり、包袋記載③は、その最内層及び基層にあらかじめ防曇剤を存在させる方法として両層に防曇剤を練り込む方法を示している。

確かに、包袋記載①は、特許異議答弁書中の「(4)従来の防曇技術」の項にあって、従来の防曇技術である、プラスチックフィルムの内面に防曇剤をコートする技術(コート法)、及びポリエチレンフィルムやポリプロピレンフィルムの素材となるポリエチレンやポリプロピレンの溶融樹脂中に防曇剤を練り込んでおき、これを押し出してポリエチレンフィルムやポリプロピレンフィルム(いずれも単層フィルム)を製造する技術(単層練り込み法)についての記載に続いて、これと「積層練り込み法」(本件特許発明)とを対比させた記載であり、包袋記載②、③及び④は、同じく「(5)従来の防曇剤利用技術と本願発明の防曇剤利用技術の比較」の項にあって、右のコート法を単層フィルムに適用した場合(参考第1図)、単層練り込み法を単層フィルムに適用した場合(参考第2図)、及び単層練り込み法を積層フィルムにおける最内層(ヒートシール層)に適用した場合(参考第3図)についての記載に続いて、これらと積層フィルムにおける最内層と基層の両方に「積層練り込み法」を適用した場合(本件特許発明)とを対比させた記載であることは文脈から明らかであり、右各包袋記載にいう「積層練り込み法」とは、あらかじめ最内層と基層の両方に防曇剤を存在させておき(練り込み配合しておき)、これらを積層フィルムとしたときにその両方の層に防曇剤を存在させるという複合フィルムの製造方法を意味するものであって、複合フィルムの製造段階においてあらかじめ基層のみに防曇剤を練り込み配合するという製造方法を想定したものではない。

しかしながら、本件明細書の記載による限り、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは、青果物を収納した状態における包装体において最内層及び基層の両層に防曇剤が含有されていることを意味すると解すべきことは前示のとおりであるところ、青果物を収納した状態における包装体において複合フィルムの最内層及び基層の両層が防曇剤を含有しているような積層フィルムの製造方法としては、右にいう積層練り込み法が最も典型的な方法であろうが、特許異議答弁書中において、右積層練り込み法以外の製造方法によることを積極的に排除する旨の記載、あるいは積層練り込み法を採用して各層に防曇剤を存在させる方がそれ以外の方法で各層に防曇剤を存在させるのに比べて防曇効果が優れているとする旨の記載はない。そうすると、原告のこの点に関する主張、すなわち、特許異議申立人から提出された公知例がいずれも製法的に記述されていることから、本件特許発明に使用する複合フィルムに採用した防曇技術についても、防曇剤の有無というような状態的説明ではなく、製法的に説明した方が公知技術との対比を分かりやすく説明できるため、本件特許発明についても実施例において防曇剤を存在せしめるための操作として採用した「積層練り込み法」という製造手段により説明しているのであって、本件特許発明のフィルムの構成を、積層練り込み法によって最内層及び基層の両層に防曇剤を存在させたものに限定する意図は全くない旨の主張も、むげに排斥することはできない。

被告は、前記第三の一(被告の主張)1(二)の公知の知見に従えば、参考第3図(最内層練り込み法)の場合には最内層に練り込まれた防曇剤は基層に拡散移行するところ、原告はこれらの従来技術に対して本件特許発明は最内層と基層の両層に防曇剤をあらかじめ練り込むことが重要であると強調しているから、本件特許発明を公知技術と識別するためには、本件特許発明に用いる複合フィルムは最内層を形成する樹脂と基層を形成する樹脂の各々にあらかじめ防曇剤を練り込み、かくして得られたフィルムを積層したものであると解しなければならないと主張するところ、前記第三の一(被告の主張)1(二)の公知の知見たる昭和五四年一二月一四日出願公開に係る特開昭五四―一五八四七七号公開特許公報(乙六の2)には、防曇性を有する非イオン性界面活性剤を混練したポリオレフィン層(最内層)と基材フィルム(基層)の印刷面との接着剤面へ右界面活性剤がブリードアウトすることにより接着剤の接着効果が悪くなるのを防止するため、右最内層と基材フィルムとの間に一層又は二層のポリオレフィン層を介在させ、ポリオレフィン層と基材フィルムとの接着が完了した後に界面活性剤の接着剤面へのブリードアウトがポリオレフィン層を介して行われるという技術が示されており、したがって、防曇剤が未延伸の最内層から同じく未延伸の一層又は二層のポリオレフィン層、接着剤面へブリードアウトすることは示されているが、防曇剤が最内層から二軸延伸された基層へブリードアウトすることは示されていないから、右被告の主張は採用することができない。

(2) 包袋記載⑤は、「防曇剤を練り込みさえすれば良いというのではなく、延伸され且つ小孔の設けられた積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤を練り込み配合することの意義が重要なのである。」(35頁)というものであるが、特許異議答弁書中の「(8)本願発明効果の詳説」の項中の「(8―1)フィルム中に防曇剤が存在することによる効果」との見出しのもとに、いずれも同一組成からなる三層フィルムで、同一条件の小孔があり、同一条件で二軸延伸された複合フィルム同士において、フィルム中に一切防曇剤が存在していないフィルムAb(対照例)に対して、フィルムAa(本発明例)で各層に防曇剤が存在していることによる改善効果が、他の条件(小孔、二軸延伸)を本質的に同一とした単層フィルム同士において、防曇剤の存在していない又は単にコーティングしただけのフィルムに対して、防曇剤練り込みフィルムに改良したことによる改善効果を凌駕するものであった旨の記載に引き続く記載であり、「最内層と基層の両方に防曇剤を練り込み配合すること」の意義を強調するというよりも、むしろ「延伸され且つ小孔の設けられた積層フィルム」を使用することの意義を強調することに重点があるものと解される。そして、右にいう防曇剤が存在することによる改善効果があらかじめ最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込み配合した場合にのみ認められ、右のような製造方法以外によって両層に防曇剤を存在させた場合にはかかる効果は認められないとする旨の記載はない。他方、包袋記載⑤のすぐ後の見出しでは「(8―2)積層フィルムにおける基層と最内層の両方に防曇剤が存在することによる効果」と記載され、「(8―4)本願発明による技術効果のまとめ」との見出しのもとに、本件特許発明が「基層および最内層のいずれにも防曇剤を存在せしめ」(38頁)、「最内層および基層中に防曇剤を存在させる」(39頁)ものである旨記載されている。そうすると、「練り込み配合」との表現は、説明の便宜上、実施例、対照例、比較例それぞれの素材フィルムの製造時にあらかじめ行った操作に即してなされているのであり、本件特許発明の技術的範囲から練り込み配合以外の手段によって青果物包装状態における複合フィルムの最内層に防曇剤を存在させることを排除する意味は一切ないとの原告の主張も、あながち排斥することはできない。

(3) 包袋記載⑥は、「本願発明は構成要素①〜⑨の全てを満足することによって前記した様な鮮度保持効果を示したものであり、該構成要素の一つでも欠けたもの、例えば……(中略)……構成要素⑥のみを欠くもの(最内層・基層のいずれか一方にしか防雲剤を配合していないもの)……(中略)……等は、これら全ての要素を満足する本願発明のものに比べて鮮度保持効果が顕著に見劣りしているのである。」(50頁)というものであり、包袋記載⑦は、「一方本願発明で用いられるフィルムは『積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤が練り込まれ、しかも所定の小孔が設けられ』たものである。」(乙一58頁)というものである。

包袋記載⑥には「構成要素⑥のみを欠くもの(最内層・基層のいずれか一方にしか防曇剤を配合していないもの)」と記載されているが、他方、右の「構成要素⑥」は、特許異議答弁書の「〔第一部〕本願発明の特許性についての説明」の「(1)本願発明の要旨」の項(5頁)において、「本願発明の要旨は、本件公告公報の特許請求の範囲に記載の通りであるが、これを構成要素単位に摘記して整理するならば下記の通りである。」として本件特許発明の特許請求の範囲を構成要素①ないし⑨に分説した中の「⑥最内層および基層の両層に防曇剤が存在すること」という構成要素を指すものであることが明らかであり、ここでは、特許請求の範囲の記載のとおり「防曇剤が存在」することを必須の構成要素としており、積層練り込み法を採用することを必須の構成要素とはしていないことが認められる。

また、包袋記載⑦は、「〔第二部〕本件異議申立人の個別主張に対する答弁」において、本件特許発明は乙第七号証の1(「FILM INFORMATION)に記載された発明と同一であり、したがって、特許法二九条一項三号(刊行物公知)に該当する旨の異議申立人三菱油化株式会社の主張に対する反論として、「しかしながら本号証に係るフィルムは異議申立人が指摘する…様に『フィルム巻内は処理面で防曇面且つヒートシール面であり、フィルム巻外は非処理面である』。また小孔の有無等についても一切触れられていない。」との記載に続いて本件特許発明の特徴を述べる部分であるが、右反論の内容に鑑みると、包袋記載⑦のうち「積層フィルムにおける最内層と基層の両方に防曇剤が練り込まれ」との部分を「青果物を収納した状態における包装体において積層フィルムの最内層及び基層の両層に防曇剤が存在している」と言い換えても右異議理由に対する反論としては十分であったということができ、特に防曇剤が「練り込まれ」ることによって存在することを強調したものとは認められない。

(4)  以上によれば、包袋記載①ないし⑦は、本件特許発明の技術的範囲を、青果物を収納した状態における包装体において複合フィルムの最内層及び基層に防曇剤が存在するもののうち、複合フィルムの最内層及び基層の両層にあらかじめ防曇剤を練り込み配合するものに限定し、それ以外の製造方法、例えば、あらかじめ基層のみに防曇剤を練り込み配合し、基層からのブリードアウトにより最内層にも防曇剤を存在させるという製造方法をとることを排除しているものとは、未だ断定することはできないといわなければならない。

したがって、本件侵害訴訟における、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とはあらかじめ複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤を練り込んで混合することを意味するものではないとの原告の主張は、特許異議事件における原告の包袋記載①ないし⑦の陳述と矛盾するものであるとまでいうことはできない。

(三) 前記特許異議の決定(乙三、四、一〇、甲一九)は、いずれも、特許異議の申立てを理由がないとするに当たり、本件特許発明における「最内層および基層の両層に防曇剤が存在すること」とは、最内層を形成する樹脂及び基層を形成する樹脂各々にあらかじめ防曇剤を練り込み混合した樹脂組成物を積層したものに外ならないことは、本件明細書の各実施例及び特許異議答弁書の記載を見ても明らかであるとしているが、前示のとおり、本件明細書の特許請求の範囲の記載自体及び発明の詳細な説明によって、明確な特許請求の範囲の記載の意味を実施例によって限定的に解釈すべき根拠はないし、また、特許異議答弁書の記載が必ずしも本件特許発明の技術的範囲を、青果物を収納した状態における包装体において複合フィルムの最内層及び基層に防曇剤が存在するもののうち、複合フィルムの最内層及び基層の両層にあらかじめ防曇剤を練り込み配合するものに限定し、それ以外の製造方法、例えば、あらかじめ基層のみに防曇剤を練り込み配合し、基層からのブリードアウトにより最内層にも防曇剤を存在させるという製造方法をとることを排除しているものとは未だ断定することができないことは、前記(二)(4)説示のとおりである。

したがって、右の本件明細書の実施例及び特許異議答弁書の記載を根拠にした特許異議の決定中の右説示によって、本件訴訟において、原告がこれと異なる主張をすることが許されないとすることはできない。

(四) 乙第一七、第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、出願当初の明細書(乙一七)の特許請求の範囲においては、「青果物の単体あるいは集合体が、最内層がヒートシール性および防曇性を有する二層以上の多層複合層からなる複合フィルム製袋で包装されていることを特徴とする青果物の包装体。」(特許請求の範囲(1))というように、防曇性については、最内層だけが防曇性を有することを必須の構成要件とする旨記載していたところ、昭和六〇年三月二九日付手続補正書(乙一八)において、「この層」すなわち基層「にも防曇剤……を配合してもよい」(2頁3行、4行)との記載を加え、更に、拒絶査定に対する不服審判を請求した後に、特許請求の範囲を「防曇剤が存在し……からなる最内層と、防曇剤が存在し……からなる基層」なる記載に補正し、出願公告を受けたことが認められる。

被告は、原告が本件特許発明の出願当初は最内層に防曇剤を練り込んで付与することを要件としていたにもかかわらず、拒絶査定後の審判請求において最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込んで配合することを要件とするに至ったのは、原告自らが特許異議の答弁において、最内層のみに防曇剤を付与した防曇性フィルムを「参考第3図」として掲げ、これを「参考第1図」及び「参考第2図」とともに「従来の防曇剤利用技術」とし、これらと本件特許発明との作用効果の差異を強調して、包袋記載⑤④のように述べていることと照応している旨主張する。

しかし、原告が出願当初の特許請求の範囲では最内層が防曇性を有することのみを要件としていたところを、拒絶査定後の審判請求において、特許請求の範囲を「防曇剤が存在し……からなる最内層と、防曇剤が存在し……からなる基層」(「最内層及び基層の両層に防曇剤を練り込んで配合する」ではない)に補正したからといって、右補正によって最内層及び基層の両層にあらかじめ防曇剤を練り込み配合することを要件としたと解することはできない。

(五) 以上によれば、原告が、特許異議審理の過程で包袋記載①ないし⑦の陳述をしたが故に、本件訴訟において、本件特許発明の構成要件Bにいう「防曇剤が存在し」とは青果物の包装体の状態における複合フィルムの最内層及び基層の中に防曇剤が含有されていることを意味すると主張することが民事法を支配する一般理念としての信義誠実の原則ないし禁反言の法理の適用の一場面としての包袋禁反言の法理に違反する、とまでいうことはできない。

そうすると、被告物件の複合フィルムは、別紙イ号ないしニ号目録各(三)記載のとおり、①あらかじめ防曇剤を添加していないが基層から移行した防曇剤が存在し、防曇性及びヒートシール性を有するプロピレン系共重合体を主体とするフィルムからなる最内層と、②防曇剤が存在し前記最内層の主体となっているプロピレン系共重合体より高融点であるポリプロピレンを主体とする二軸延伸フィルムからなる基層と③あらかじめ防曇剤を添加していないが基層から移行した防曇剤が存在し、防曇性及びヒートシール性を有するプロピレン系共重合体を主体とするフィルムからなる最外層とを有する三層複合層からなるものであるから、本件特許発明の構成要件Bを充足するというべきである。

三  争点3(被告物件は、本件特許発明に係る青果物の包装体の生産にのみ使用するものか)について

1  以上によれば、被告物件を使用して青果物の単体あるいは集合体を包装すれば、本件特許発明の構成要件のAないしEのすべてを充足するところ(なお、被告は、被告物件は青果物を収納した場合にも、口を開放したまま使用されることがあり、このような包装袋については本件特許発明の開孔面積に関する構成要件を欠如する旨主張するが、本件明細書によれば、本件特許発明でいう「小孔」とは、「直径が0.5〜15mm、好ましくは二〜八mm程度」(公報6欄1行、2行)のものをいうことが認められ、青果物を収納するための口を開放したままの状態にした「開港部」を含まないことは明らかであるから、右被告の主張は理由がない)、構造eのとおり最外層の表面に「キュウリ」「KIWI」等の具体的な青果物の名称若しくは絵又は「新鮮野菜」を意味する語句若しくは絵が印刷されているイ号物件及びロ号物件が青果物専用の袋として使用されることは、被告も認めるところであるから、イ号物件及びロ号物件は、社会的、経済的見地から本件特許発明に係る「青果物の包装体」を生産するために使用される以外の用途を有しないことが明らかである。

2  ハ号物件およびニ号物件は、それ自体にはイ号物件及びロ号物件におけるような「キュウリ」等の印刷はなされていない無地の包装用袋であるが(構造d)、その他の点ではイ号物件及びロ号物件と全く同一の構成を有するものである上、これが納められている一〇〇枚収納用の袋には、「くっきり」「新鮮」の語句及び「○優れた鮮度保存性 防曇効果が優れている為、中の水分が水滴にならず薄い水膜になり内容物を水滴から守り腐敗が少なく商品鮮度の保存性が良くなります。」との文章が表面に印刷されており(構造e)、これらの語句及び文章に示されるような新鮮さ、鮮度保存性は「青果物の包装体」として使用されるときにのみ要求されるものであり、これを鮮魚、生菓子などを収納するための汎用の袋として使用することは社会的、経済的にありえないと考えられる。

したがって、ハ号物件及びニ号物件もまた、本件特許発明に係る「青果物の包装体」を生産するために使用される以外の用途を有しないというべきである。

3  そうすると、被告物件を製造、販売する行為は、本件特許権のいわゆる間接侵害を構成するというべきである。

四  結論

よって、被告物件の製造、販売の差止め及びその所有に係る被告物件の廃棄を求める原告の請求は理由があるから認容することとする。

しかし、被告物件の「半製品」の廃棄を求める請求については、その「半製品」とは何を指すのか不明確であるのみならず、被告物件は、その構造のaないしeの一つでも欠如すればもはや本件特許権の間接侵害品とはいえなくなるのであるから(例えば、被告は、被告物件と同様の製品であって小孔を設けていないものも製造、販売しているし、ハ号物件及びニ号物件については、構造eのような一〇〇枚収納用の袋に納められるまでは、本件特許発明に係る「青果物の包装体」の生産にのみ使用するものであるかどうか分からない)、右請求は棄却を免れない。

なお、仮執行の宣言は、相当でないから、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官水野武 裁判官田中俊次 裁判官本吉弘行は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官水野武)

別紙〈省略〉

別紙特許公報〈省略〉

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